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1990年代後半、ユヴェントスを率いたマルチェロ・
リッピ監督は試行錯誤の末、それまで主流だった
4-4-2からディフェンダーを1人減らしてトップ下に
配置した3-4-1-2を考案。
トップ下にはジネディーヌ・ジダンを起用しセリエA、
インターコンチネンタルカップ優勝を飾った。
これをきっかけに3-4-1-2はヨーロッパ中に普及していった。
1998年ワールドカップではジダンを要する開催国フランスが
3-4-1-2や特殊な4-5-1を採用し優勝を飾ったのだが、
この大会で最も賞賛を浴びたのが4-2-3-1を採用した
フース・ヒディンク監督率いるオランダ代表であった。
大会一華麗なチームと言われ、3-4-1-2に取って代わり、
4-2-3-1が世界に広がっていき、その後も主流となっている。
トップ下に選手を配置するという点では3-4-1-2も
4-2-3-1も同じだが、その違いはサイドの人数であり、
3-4-1-2は中盤の両サイドに1人ずつしか
配置されていなのに対し、4-2-3-1は中盤と最終ラインの
両サイドで2人ずつ配置されている。
サイドが重要視され始めた当時では中央に人数が
集まってしまう3-4-1-2では、サイドの攻防を制するのが
難しく個人の能力に頼りきりになってしまうため
4-2-3-1の様にサイドに人数を割く戦術がが好まれた。
1920年代〜
1950年代〜
1960年代〜
1970年代〜
1980年代前半〜
1980年代後半〜
1990年代後半〜
2000年代〜
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